yumiの記憶保存帳

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私の評価 

『得体の知れない人』
そう言われると、自分も自分のことが得体のしれないようにかんじるけれど、
べつにミステリアスでもヒステリックでもない。
わたしはわたし、としか言えないのだ。
他人になりたくても、私はやっぱり、私。
それがちょっと哀しいけど、
胸の奥から響く歓喜の声を聞き逃してはだめ。
わたしはわたし、としか言えない、のではなく、
わたしはわたし、と言えるのだ、と。
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もはや桜を見ても哀しいとも切ないとも思わない。
ああ咲いたな、春がきたんだな、とだけ。
バスの窓、電車の窓を通り過ぎる桜。
駅までの徒歩のなかで横目で見る。
公園の桜。小学校の桜。桜。桜。
桜だらけで、なんだか見えているのに見えないみたい。
実際にそこにあるのに、幻のようで。


私の中に桜の木が一本生えている。
もっとセンチメンタルだった過去の私がじっと桜をみている。
ひらひらと花びらが落ちるたびに、まぶたが瞬く。
その私を私が見つめている。
じっと見つめている。


現実の桜は記憶の中にある桜と共鳴して、
過去の私が呼び起こされるのだ。
記憶の中にある桜こそ一番美しいと、私は思う。


 

しっかり 握り 締めて いた 両手が お湯の 中で ほどけて 赤ちゃん の 手 に なる。
黒髪が 濡れて 何筋もの 川 に なり、 体 を 這う。
瞼は 手触りが いい 絹布の ように、 世界 を そっと 包む。

戻 りたい、戻り たい、戻りた い。



戻れる。

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